まだ、と考える人と、もうと考える人の違い

周りを見てみると「もう○○だ!」と言う人と「まだ○○だ!」と言う人の二種類がいる。
圧倒的に後者の方が幸せそうな暮らしを送っているように見える。

通常なら「もう○○だ!」と言っている人の方が、時間を意識していそうなのに何故だろうかと自分なりに考えてみました。

1. 人間は時間の制限をくらうとあまり物事が楽しく感じられなくなる

これは何かの本で読んだんだけど、元ネタを忘れてしまいました。
判りやすい例えだと、ディズニーランドを今から30分で遊んできて下さい、と書いてあった気がします。
人間は時間の制限をくらってせかされると、楽しいことであっても楽しくなくなるそうです。楽しくないことをやらされていたら幸せにはならないですよね。

2. 「まだ○○だ!」と楽観的に捉えられる方が、落ち着いて集中出来る

悲観的か楽観的かというところで行くと、悲観的なことがあまりいい結果をもたらすことはないです。
時として問題について考える場合、悲観的なほうが現実的に考えられるという議論もあるけど、行き過ぎた悲観は問題を過大視して、本来取るべき的確なアクションを取れなくする可能性があります。

思考停止、というやつですね。
追いつめられた人が訳判らない行動で自滅的になるのと一緒です。
本来は追いつめられていないのに、悲観的に自分自身を追い込んだ結果、間違った選択肢を選ぶことになるかと思います。

今年も師走、いよいよですが「もう今年も終わりだから、来年から頑張る」というよりも、今日から 10 日を真剣に生きた方がはるかに実りは多いと思いますよ。

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