祖母の食卓

ミニマリストのカテゴリに入れるか、じぶんのことのカテゴリに入れるか迷いましたが、じぶんの生い立ちを探る話なのでじぶんのことの方に分類しました。

以前のブログエントリ 貧乏にならない秘訣のところで触れた話ですが、うちの実家はものすごく貧乏で山の中程にぽつぽつと数えるほどの家がありその中の一つでした。道路を渡った向かいに学校の先生をしている裕福な家庭がありましたが、その家には小さな子どもがいなかったので、しょっちゅう遊んでもらったりお菓子をもらったりしていました。

さて、祖母の食卓という本題に入りたいと思います。
祖母が元気だった頃、家の家計と台所は祖母ががっちり握っており母がお金を扱う隙はありませんでした。
家で食べるものというと白菜や茄子を大量に塩でつけ込んだ漬け物や、ふきを一個一個筋をとり10センチ前後に切って煮付けたもの、灰でアク抜きした蕨などの山で取れた山菜ばかり。山芋のとろろ汁はたまに祖父が取って来たら食べられるご馳走でしたが、一番のご馳走は砂糖を入れて作った卵焼きに軽く醤油をかけて甘辛くしたものでした。

お金よりも手間がかかっているシンプルな食事。
祖父だけが一人自分で稼いだ金だからと刺身や鶏もつを買って来て晩酌していましたが、それをたまに貰うのが楽しみでした。

祖母は台所に米粒とかが落ちているのが嫌いだったので、毎日床に這いつくばって床掃除をしていました。
昔住んでいた山の中の家は、素朴な食事と綺麗に磨かれた床の思い出があります。

ミニマリストになりたいと思うのはその頃の暮らしを心の底で懐かしんでるからかもしれません。
我が家は道路拡張のためその場所を立ち退いて、街の中心地に引っ越してから大きく暮らし向きが変わりました。近所の人と比較して周りの人並みにしようとすればするほど、お金はなくなり、いらないものが増えて暮らしがごちゃつきました。さらに建ててすぐの家が水害にあったり、祖母が病気で倒れたりと散々な暮らしになりました。

貧しくなるのはあっという間です。病気で倒れた祖母は別人のようにお金を使うようになり、最後はたくさんのモノに囲まれて亡くなりましたが、葬儀の後残ったものを処分するためにもさらに出費が発生しました。お金でモノは買えますが、モノはお金に戻りません。使う時には常にそれを思い起こしたいと思っています。

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